Anorak citylights

レコードを買ってから開けるまでのドキドキとか、自転車のペダルを加速させる歌や夏の夜中のコンビニで流れる有線など些細な日常とくっついて離れない音楽についての駄文集 twitter ID→ takucity4

山田稔明(gomes the hitman)と私~intro

小沢健二という男がいる。90年代、彼は才能の限りに表現を行い、日本のポップミュージックを塗り替えた。
過去の偉大なポップソングからのあらゆる引用を辞さない、墓場荒らし故に目映い輝きを放つトラック。平凡な若者の日常を、世界からの祝福として描き出したリリック。天真爛漫かつ不敵なキャラクター。溢れる知性。
平凡な若者たちの人生は小沢健二によって徹底的に祝祭を受け、全肯定された。誰もが彼の言葉の歌の主人公となり、一躍小沢健二時代の寵児となる。"今夜はブギー・バック"は夜遊びのアンセムと化し、恋する男女に”ラブリー”が捧げられた。こんな恋を知らない人は地獄に落ちる、まさしく青の時代であった。
やがて小沢健二は熱狂の余韻を残したまま表舞台から姿を消す。影響ばかりを振り撒き、幾多のリスナーとミュージシャンからのプロップスを置き去りにしながら。

狂騒の後、彼の言葉の残骸から美しさを引き受け、やがて到来する新しい青の時代を夢想する青年。山田稔明。
彼が今回の主人公である。小沢健二から強烈に影響を受けたひとりだ。

山田稔明は東京外国語大学在学中にポップバンド、gomes the hitmanを結成。バンド名は闘牛からとられた。1997年にインディーデビューを飾り、キャリアの扉を控えめに開いた。
彼のソングライティングは一貫している。徹底的な言葉の選択と、メロディとの親和性。日本語の美しさを磨かれたメロディに乗せて歌うだけ。それだけのことなのに、幾多の音楽家が泣いて嫉妬する”極めて優れたポップソング”を手に入れている。僕は音楽理論も分からないし楽器も弾けないが、相当な作曲テクニックが使われているのは何となく理解できる。。
彼はその優れた音楽性に見合うような知名度を獲得できていない。現在の彼は日本全国のカフェやライブスペースを中心に行脚し、派手なショービズの舞台とは無縁の活動だ。大手メディアを利用したプロモーションも行わないし、どこかの事務所やレコード会社に所属もしていない。彼の音源は自費で作り、自分の手で売り、著作権も自ら管理している。そこに外部の意思や資本や都合は入り込まない。非常にピュアな環境で音楽を作っているし、そんな音楽家を僕はとても信頼している。
小沢健二以降のポップミュージックシーンにおいて、最も理想的な環境で最も優れた曲を書く音楽家と呼んで差し支えない。

次回、僕の所持する山田稔明及びgomes the hitmanの単独音源35枚から何十枚か もしくは全てのレビューを行う。ネットを見ても、なかなか彼のディスコグラフィーを総ざらいし、読み物として残された文献が無かったもので。今後、彼に興味を持ち検索をかけたリスナーに読まれることを祈りながら。
今回はその前説として、”山田稔明の10曲”を選ぶ。膨大な彼のディスコグラフィーに散りばめられた素晴らしい楽曲たち。駄作といえる曲はない。断じてない。長く聴かれることを望み作られた楽曲だ、ポップミュージックとしての普遍性は高い。僕の知る、彼が書いた何百かの曲から苦心して選んだ10の曲。キャリア全体を見渡し満遍なく、かつ大好きな曲だけを。ベストオブベスト。気になったら買ってください。もしくは僕がミックスCD作って送ります。

①僕はネオアコで人生を語る”from gomes the hitman in arpeggio”

記念すべきインディーデビュー作から。初期のゴメスはネオアコだった。どうでしょう、この不敵なタイトルに偽りなし。彼はこの曲で大真面目に、ネオアコで人生を歌っています。はっぴぃえんど風味を隠し味として入れてあるらしいが、僕には分かりません。素晴らしいソングライターのキャリアの始まりとしてセンセーショナルな1曲。夏のサイダーみたいなシュワシュワ感。この頃からネオアコという枠に収まらない普遍性を持っています。

②雨の夜と月の光”from weekend”

同名のシングル及びメジャーファースト”weekend”から。山田さんのセンス大爆発なアーバンソウルポップチューン。どしゃ降りの雨に降られた夜の街を美しく表現、やがて都会に暮らす生活者の孤独をも照らし出していくリリック。とびきりダンサンブルな彼の代表曲です。近年はウクレレ弾き語りで歌われることも多く、なかなかライブでは再現しづらい面も。

③思うことはいつも”from cobblestone”

街づくり三部作の中核となったセカンドアルバムから。4月、新しい街へひとり引っ越してきた若者の心の機敏が描かれます。
”ここが僕の新しい部屋 住み心地も悪くはなく 騒がしい友人に眠りを覚ますこともない”
2004年、大学進学のため祖師ヶ谷大蔵で一人暮らしをはじめた頃を思い出します。春特有のワクワク感みたいなものをうまく表現してますわね。

④僕らの暮らし”from maybe someday ep”

街づくり三部作の最終作より。とにかくリリックが圧倒的。
”ふたりは郊外に家を立てて ビニールプールで満足するんだ 音楽の教科書にはのらない 素敵な音楽が流れ続けて どこか眺めのいいところで 僕らの暮らしを”
繰り返す毎日の愛しさに満たされる、平凡讃歌です。この歌のような人生を送りたく、日々働いてます。こんなリリックが最高のメロディにのるんだぜ。素敵じゃないか。

⑤饒舌スタッカート”from 饒舌スタッカート”

山田さん史上最もBPM高め、明確にブレイクを狙ったであろう進撃のキラーチューン。ライム踏みまくり&歌詞に大した意味無さげ&絶対趣味じゃないだろうラッパ隊投入&PV制作で分かりやすくセルアウトを試みていますが、そこは山田稔明、曲の良さは隠しきれてません。ブーレイドリーズのwake upばりにハイテンションなギターポップ

⑥別れの歌”from mono”

詳細は次回のディスクレビューで語りますが、ここから山田稔明は変わります。従来のギターポップモードから明らかに一転。ジムオルークやウィルコを思わせる、内省的でアンビエントなフォークチューンに。が、メロディと言葉の親和性 においてのソングライティングは一切ぶれていません。今の山田さんに繋がる、シンプルなアレンジ。

⑦愛すべき日々”from omni”

ここで歌われるメロディの新しさといったら、おそらく日本のポップミュージック全体を見渡しても比類の例がありません。言葉にできないことがとにかく悔しい、光そのものみたいなメロディ。可憐なストリングスをfeat.したアレンジも目映さに拍車をかけてますね。あーもう!この曲がヒットしないのは間違ってる。

⑧手と手、影と影”from ripple”

僕が山田さん及びゴメスを知るきっかけになった曲。2004年、JACCSカードのCMで流れてきた 目の覚めるくらい美しいメロディ に一発でやられ、すぐにCDショップで買い占めました。
”掛け違ったシャツのボタンのように べつべつの歩幅で歩く歩道に 日がくれて今日も伸びてゆく影と影”
今でもライブで取り上げられることもあり、山田さんもお気に入りの様子。

⑨pilgrim”from pilgrim”

花言葉や音楽や物語が きっとほら こんな不確かな世界を もう少しで 覆いつくして”
山田さん渾身のソロファーストアルバムからのタイトル曲。瑞々しくも計算尽くされた美しいメロディ、まだ誰にも消費されていないリリックの連なり、ギターポップ畑出身者にしか出ないだろう清涼感。優れた音楽家が誠実にポップスと向き合ったことでしか生まれない、音楽の塊です。

⑩glenville”from home sweet home”
架空の街として名付けたつもりが、ありふれた街の名だったという逸話もある、柔らかなカントリーチューン。ソロセカンドからの選曲だが、この曲って特別他の曲より優れてるわけじゃあないと思うし、地味なポジションに甘んじている。でも、僕は好きだ。石橋駅前の時計台の下で会社をサボる理由を探してる時によく聴いてたから、僕を励ましてくれる曲みたいになった。音楽ってそうやって日常の意識や風景に馴染んでいくものだし、そうやって名曲に変わるんだろうし。

かなーり悩んでどうにか選びました。まだまだ選びたい曲はたくさんあるし書きたい事もあります。が、この辺で。
最後に、山田さんから僕にお褒めの言葉が。