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Anorak citylights

レコードを買ってから開けるまでのドキドキとか、自転車のペダルを加速させる歌や夏の夜中のコンビニで流れる有線など些細な日常とくっついて離れない音楽についての駄文集 twitter ID→ takucity4

フジロッ久(仮)”あそぼう”と私

3/27の夜、僕のふとしたツイートにリアクションがありました。フジロッ久(仮)の藤原さんと僕の対話です。

https://twitter.com/fuuujie/status/449169725600182273

そういえば、”新世界”という曲もありましたね。

すいません、うまく貼り付かなかったのですが、会話の流れは分かるかと思います。
些細なやり取りです。ちんぷんかんぷんな返しをしてしまう僕に対し、藤原さんは非常に誠実な答えをくださり、とても嬉しい気持ち。
せっかくなので記事にまとめておきたく、翌朝の営業活動中にスマホをポチポチ。
お察しの通り、僕と藤原さんの共通項はオザケンこと小沢健二です。フジロッ久(仮)のセカンドアルバム"ニューユタカ"や最新シングル"あそぼう"の曲群でも顕著ですが、近年の藤原さんのソングライティングにおいてオザケンからの影響を強く感じます。人生への祝祭感であるとか、自分たちを取り巻くあらゆる事象を美しいものとして捉える いわば世界との距離感において、オザケンのソウルを咀嚼し継承した痕跡がにじみます。
オザケンを多感な時期にリアルタイムで追えなかった僕らのような世代において、オザケンのファンになるきっかけは大体が楽曲だと思うんです。現象としてのオザケンを体験できなかった分、残された音源と映像でしか好きになれなかった。ほら、本人は雲隠れしていたので。
楽曲が好きになれば同然作者に興味がいきます。そこで、現在の作者が唯一創作を行っている表現を追い始めます。"うさぎ!"です。
細かな説明は省きますが、"うさぎ!"はオザケンが執筆している童話です。すごーくすごーく大雑把に言うならば、新自由主義グローバリズムに異を唱える内容であり、非常に明快に分かりやすく書かれています。
僕は"我ら、時"のボックスセットをリリースされたばかりの時に購入し、組み込まれていた"うさぎ!"の単行本を読んで衝撃を受けました。
恐らく、同じような表題を扱い刊行されている書物はごまんとあるでしょう。が、僕が最も感銘を受けたことは、オザケンが書いている という点につきます。90年代にあれだけ誠実に音楽を鳴らし、時代の更新に耐えうる素晴らしい曲を書いた小沢健二という音楽家が自らの行動から、経験から、知識から書かれたものです。非常に信頼のおける文献だと思いました。"我ら、時"の通常盤の発売は、"うさぎ!"に飛び込むひとつのきっかけを失ってしまうものであり、少々残念です。
御託を並べましたが、藤原さん及びフジロッ久(仮)が提案する新しい価値観・生き方である”ニューユタカ”は”うさぎ!”を大きなヒントとして着想を得たのではないでしょうか。もちろんそれだけでなく、藤原さんの生き方、経験、交友等からの様々な影響のハイブリッドであることも想像がつきます。ただ、考えるきっかけとして”うさぎ!”は有効に機能したのでは と予想します。
”ニューユタカ”こそ、藤原さんなりの”小沢健二の応用”のひとつであると考えます。勿論、実像としての音楽にもオザケンを感じますし。


さて、ここからは少しノスタルジーに浸ります。僕は2006年くらいからフジロッ久(仮)のファンでありまして、まだバンド名もメンバーも違う頃からライブを観に下北沢や高円寺まで自転車こいでいました。極度にシャイであったため、ライブハウスの壁沿いで静かに体を揺らし、出番が終われば即帰っていました。
僕にとって”あの頃の”フジロッ久(仮)、いや、フジロック(仮)に関する思いや雑感を少し体系化します。
僕と藤原さんの共通項は小沢健二と書きましたが、実はもうひとつあります。峯田和伸です。
色々な誤解や物言い、異議申し立てがあるかもしれませんが、藤原さんの音楽との距離感は峯田和伸からの影響を色濃く受け継いだものでありました。
また、引用のセンスや言葉の使い方にも峯田和伸からの影響を大いに感じており、ルサンチマン的世界観や現実と空想が入れ替わるロマンチックな詩の世界に僕は大いにやられ、当時から僕は藤原さんの音楽を断固支持していたものです。峯田和伸だけでなく、VOIDのように前のめりだったし、フィッシュマンズのように 現実を音楽で拡大させようとする心意気があったし、エレファントカシマシのように聴き手を鼓舞する熱い魂がありました。

雑なまとめになってしまいますが、藤原さんの音楽は今も昔もベクトルは違えど素晴らしく、ソングライティングの芯に しっかりと”音楽への信頼と愛”が横たわっており、ある種一貫しているわけです。そんなまとめです。




最後に、僕の近況で締めさせていただきます。

近況といってもたったさっきのことであるが。
先程、僕は生まれてはじめてプロポーズをした。
彼女の好きなピンクの花束と、指輪を添えて。
彼女は泣きながら よろしくお願いします そう言った。
明日の朝は地元で用事があるため、プロポーズの余韻を引きずりながらひとり車を運転し、夜の125号線を走った。

車中、買ったばかりの フジロッ久(仮) あそぼうepの封を開け、ステレオに差し込んだ。
1曲目"あそぼう"のイントロが流れた瞬間、全身に静かな波が寄せ、そのまま宙に浮いてしまえるくらいの喜びが襲ってきた。涙が溢れとまらなくなり、声を出して泣いた。数年ぶりに嗚咽をあげ泣いた。自分の29年分の細胞が一斉に叫び歌い出したような気になった。3曲目"ドゥワチャライ久"が終わる頃にはシャツの襟が水分でずいぶん重くなっていた。僕は僕の生活を過ごし、守り、美しく生きる。何にも邪魔なんかされたくないぞっておもう。
散々御託を並べたが、僕は過去のどんなフジロッ久(仮)より今のフジロッ久(仮)、"あそぼう"が大好きになった。これから僕は"あそぼう"を聴くたびに、プロポーズと幸福な涙の夜を思い出すことだろうなー。