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Anorak citylights

レコードを買ってから開けるまでのドキドキとか、自転車のペダルを加速させる歌や夏の夜中のコンビニで流れる有線など些細な日常とくっついて離れない音楽についての駄文集 twitter ID→ takucity4

あの夏 あの海 あのカメラ-aztec camera"high land hard rain"について-

子供の頃、夏休みに福島のおばあちゃん家に出かけることがとても楽しみだった。
おばあちゃんは福島県いわき市に住んでおり、そこは海沿いの街であったことから遊びに行く度に海や川へ連れていってもらえたのだ。
兄弟や従姉とみんなで海へ出かけ、日が暮れるまで遊んだ。あの時の景色や気持ちは今でも鮮明に覚えている。
光が水に溶けて乱反射し水面は輝いた。両手で水をすくってみると、それは指の隙間からすぐに落ちていってしまい、手の中には少しの砂 色や形の無い何かだけが残った。石ころの角が足の裏に少し痛く、僕は足をバタバタさせながら顔を水につけないよう泳ぐ。波が寄せる度に海水が口の中に入り込み、僕はうがいをしながら気の済むまでそこにいて海の中の色や空をずっと見たり、岸の方から聴こえるセミの鳴き声に耳を傾けていたのだ。大したことは微塵も考えていなかった。ただ美しいものを見たり、それに似た気持ちになれるような体験がしたくて、夏の暑い日を選んでは海に連れていってもらったのだ。
十数年が過ぎて、大学生になり東京に住むようになって、福島のおばあちゃん家にも行かなくなって、それより東京で彼女と買い物をしたりセックスをすることばかりにかまけていた頃。幡ヶ谷のブックオフで250円だった本作を僕は見つける。初めて見るのにどこかで見たような気持ちになる不思議な絵画がアルバムジャケットの真ん中に横たわっている。いくら見ても何を表現した絵画なのか分からないし別に分からなくても全く構わないのだが、どこか奇妙な清涼感を放つジャケットに僕は惹かれた。
携帯電話で検索してみると、ネオアコースティックというジャンルの代表的作品として支持されているらしい。レビューに添えられたエバーグリーンという言葉が決定打となり、僕はそいつをレジに持っていったのだ。
それまでの僕はpunkという音楽に心酔しており、70'sから現行のものまで国内外のpunkバンドを聴き漁ってはひとり盛り上がっていたのだ。punkだけでどれだけ聴いただろうか、検討もつかない。幾多のpunkレコードを聴いていくなかで、あることに気が付く。僕はpunkのビートじゃなく、punkのメロディが好きなんだ と。そしてそのメロディはみんなが聴いているようなギターロックやヒップホップじゃ聴く事ができなくて、粗い音質の向こう側で鳴るpunkのレコードでしか聴けなかったのだ。気持ちが入っていて、向こう見ずで、お酒で酔っ払った時みたいに無敵なんだけど、しかしながらひとりぼっちの寂しさや切なさが確かにある。stiff little fingersやasta kaskのメロディはそうだった。このメロディをもっと聴いていたいって思っていたんだ。
Aztec cameraのCDをコンポにセットして再生ボタンを
押した時、僕はとても驚いた。僕の大好きなpunkのメロディだ!って。しかもいつも聴いてるやつみたいにうるさいやつじゃなく、洗練された音の上で鳴っている。多分色々な音楽の要素が入っていて、それらが全てロディの瑞々しい歌の前でキラキラと光り輝くんだ。
聴いてるうちにふと思い出した。幼い頃楽しみだった夏の海のこと。ハッとなった。
Aztec cameraの音の中にはまるで成長をやめ時間が止まってしまったような狂おしいまでの青さがあって、それはポップミュージックとしては致命的に逃避的だ。1度入り込んだら帰ってこれないようなノスタルジーの海が広がっている。
音楽に魔法が備わっているひとつの証明として、初めて聴いた音楽がふいに自分の過去と繋がってしまう瞬間がある。ただの空気の振動でしかない音の連なりが自らの記憶にまで作用するということ。僕はaztec cameraでそいつを体験してしまい、思い出が音楽に変わる瞬間に立ち会った。ロディのギターソロはあの夏の海の中で聴いたセミの鳴き声みたいにいじらしくって、とても美しい。大したことじゃない、ただ美しいものを見たり、それに似た気持ちになれるような体験をaztec cameraがもたらしたというだけの話。たぶん一生聴くんだと思う。
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