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Anorak citylights

レコードを買ってから開けるまでのドキドキとか、自転車のペダルを加速させる歌や夏の夜中のコンビニで流れる有線など些細な日常とくっついて離れない音楽についての駄文集 twitter ID→ takucity4

over head kick girlをキミは知っているか

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インターネットは音楽とローカリズムの密接な関係を変質させてしまった。
それは地方の片田舎にいながら、画面を通し一瞬で東京や世界とコネクトする事を可能にした。YouTubeやUSTREAMを通し、遠く離れた場所で起きている現象を直ぐに追体験する事ができる。僅か100枚も作られていない音源を翌日手にする事ができる。最早日本のポップシーンにおいて、産地に問わず作品のクオリティはある程度平準化されているのかもしれない。しかしながら、作者の生まれ育った地域環境がそのパーソナリティに与える影響は当然ながら不変であり、そういった意味でのローカリズムは薄まることなく残っているだろう。
ことパンクカルチャーにおいては、その傾向は強い。
元々、80年代に発生したハードコアパンクシーンにおいては、国や地域により明確なサウンドやスタンスの差違が存在した。それはパンクというマイノリティなカルチャー故の情報網の脆弱さに起因するものであったのだが(そして、その事実こそがパンクにおけるジンやDistroの存在に直結する気がしてならない)、ある程度流通が整備されたそれ以降の時代においてもパンクとローカリズムは切っても切り離す事ができなかったのだ。それはパンクカルチャーの鍵となる''レーベル''という存在が大きいように思う。良いレーベルというものは拠点となる地に根を張り、独自の価値観に基づいた活動を続けていくものだ。そして、パンクにおいて最も重要なのは人間同士の繋がりであり、ネットワークだ。特定の地域で特定の価値観を共有する者達が独自のシーンを自分達の住む街で作り上げる事は必然であった。
すなわち、インターネットの普及により少し薄まった印象もあるローカリズムだが、パンクカルチャーにおいてはローカリズムが存在する合理的な理由があり、その強さこそ魅力のひとつでもあるだろう。この仮説を念頭に話を進めていきたい。
北海道という地方がある。
そこから出現した幾つかのバンドには、彼らにしか持ち得ない音を鳴らすことに成功していた。eastern youthやbloodthirsty butchers、cowpersやkiwirollもそうであった。
各々がバラバラの音楽を鳴らしながら、どこか共通するものを音の奥に秘めていた。それはコードやルーツ、サウンドエフェクトというもので形容できるものではなく、演者の生まれ育った環境に起因するものとしか思えない圧倒的な叙情性と価値観、熱い魂を抑え込みながら音を鳴らすが否応なしに洩れてしまう熱気のようなものを無意識のうちに共有していたのである。その凄みはあまりに独自性が高く、他の地域から現れたバンドからは決して聴くことのできない類いのものであった。
近年の北海道パンクシーンにおいても新たなサウンド及び価値観の指針が生まれつつある。
over head kick girlというバンドがこの渦の中心だ。彼らは北海道にて現れた現役のパンクバンドである。2007年に結成し極めて局地的な支持を集めていたが、2010年に一時解散。その模様は後ほど紹介する目撃者たちの証言に詳しい。
彼らのパンクロックは時期により様々な色を見せるが、美しくも激しく歪んだメロディと目眩く展開力は共通しており、そのサウンドの裏側には激情と冷静の合間で苦悩する若者の気持ちが透けてみえる。それは演者の体から勝手に漏れだし、サウンドのニュアンスを支配するのだ。
奇しくも同じ北海道で出現し、彼らからの影響を公言するthe sleeping aides and razorbladesやNOT WONKにも同じニュアンスを感じ取ることができる。脈々と受け継がれている、非常に言語化し難いサウンドに宿る魂(それは色で表すならば、青だ)。愛憎入り雑じり美しくも繊細に歌われるメロディ、怠惰を叩いてうち鳴らす激しいバンドサウンド。北海道というローカルが生み出した新たなパンクサウンドの源流こそover head kick girlである気がしてならない。先人達の残り香を吸い込み振り払いながらも、彼らから始まった新たな時代があるのだ。
ここで、彼らの軌跡を振り返ってみよう。

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2007年、北海道釧路にてover head kick girl結成。2008年に初のデモCDを作成、発表する。初期のメンバーは以下だ。
ボーカル ギター/橋本
ベース                /宮崎
ドラム                /松館
2009年の春には、活動拠点を釧路から札幌に移す。合わせて橋本くん以外のメンバーチェンジを実施。
ボーカル ギター/橋本
ギター                /大塩
ベース                /栗山
ドラム                /紫竹
現ラインナップとなる。
ここから精力的な活動を実施。デモCDやスプリットを発表するも、2010年10月解散。最後の音源は I Hate Smoke Recordsのサンプラーであった。
しかしながら2012年10月、ライブイベント「MATSURI」にて突然の復活。以降、マイペースにライブ活動を続ける。

リリースしている音源は2枚のデモCD、1枚のスプリット、1枚のコンピレーションのみと非常に少ない。しかしながら、特にセカンドデモにおいては彼等のサウンドスタイルが一時の完成を迎え、強烈な完成度を誇る代表曲ばかりの名作となっている。ここに、その全貌を記しておく。

1st demo(2008)
1.intro
2.Groupie(Blender Cover)
3.Keep
4.love
5.made in night
6.everyday
7.RIDE
9.fcukin girl

demo 1.5(未発表)(2008)
1.STAY DOWN
2.Groupie(Blender cover)
3.love
4.made in night
5.under wear
6.dont believe me

ANGRY(Split w/BASE BALL KNUCKLE)(2010)
1.STAY DOWN
3.stalking boy

2nd demo(2010)
1.the sunrises for me
2.my word,your brain
3.MIND CONTROL
4.vertical fall
5.LUCKY

Make It Alright!(I HATE SMOKE RECORDS VA)(2010)
16.WANT

そして2015年6月、コンピレーションアルバム「While We're Dead.:The First Year」への参加を経て、新録を含めたディスコグラフィー「over head kick girl wants to kill you」をKiliKiliVillaよりリリース。

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over head kick girl wants to kill you

2015年6月10日発売
品番:KKV-016 1,800円(税抜)

1.NEW DAY RISING
2.DECEIVE ME
3.Bored
4.the sunrises for me
5.my word,your brain
6.MIND CONTROL
7.vertical fall
8.LUCKY
9.WANT
10.stalking boy
11.STAY DOWN
12.love
13.猿人類
14.under wear
15.made in night
16.everyday
17.RIDE
18.fuckin' girl
19.the sunrise for me
20.outro

如何にして彼らのサウンドは生まれたのか。

ここで、over head kick girlのメンバーであり、首謀者である橋本くんにその血肉となった10枚のレコードを選んでいただいた。ここにohkgサウンドのヒントがあることは明白だろう。

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The Bananas/Nautical Rock N Roll
橋本(以下 橋):2007年に今とは全く異なるメンバーでover head kick girlを結成したのですが、その当時影響を受けていたバンドの一つがbananasです。
ハートウォーミング、でもヘロヘロだしショボい。そういうバンドがやりたいなーと思っていました。The Bananasのアルバムはそれぞれ名曲と捨て曲がバランス良く入っているので、一番を選ぶのが難しいのですが、このアルバムに収録されている「Billy Rueben」はお葬式で流して欲しい曲です。

 THE GRUMPIES/WHO ATE  STINKY?
橋:こちらも、初期over head kick girlにおいてかなり影響を受けていたバンドです。常識というか、エチケットというか、倫理というか、僕が持っているそういう物のを全部無視した感じで、「あ、やっていいのね?こんな汚い音で」と、凄く衝撃を受けました。(もちろんメロディーや不協和音全開のギターにも)

このバンドの所為で、暫くは汚い音のバンド以外聴けませんでした。我々の1st demoも完全にこれに影響を受け、自分でMIXをしていたのですが(MTRで)ただひたすら音が汚くなる様に。とMIXしていたら、GRUMPIES以上に音が汚くなって「やったー!」と男泣きをしたのが思い出されます。
また、FYPとのスプリットに収録されているLita Fordの「Kiss Me Deadly」のカバーが最高すぎて泣けます。(Lita Fordの顔と動きは生理的に無理)

Smoking Popes/Destination Failure
橋:シカゴのSmoking Popesの3枚目のアルバム。
初めて聴いた時、サッド且つメロウなメロディーにやられてしまい、ベッドにうつ伏せになり腰をひたすら動かしていたかと思います。
当時は、ガチャガチャしているB級パンク的な事をやっていた訳ですが、Smoking Popesを聴いて、「フザケすぎたら周りの人に迷惑かけるし、もうちょっと真面目にバンドやろう」と思いました。
ちなみに、他のアルバムですが、我々の「STAY DOWN」という曲名はSmoking Popesからパクりました。
Weakerthans、GOOD LUCK、Radiator Hospitalやビリー睾丸もそうですが、日本人の僕にはこの類いのヘロヘロな歌い方が出来ないのが悲しいです。

Bent Outta Shape/Bent Outta Shape
橋:最初に聴いたのがRecessからリリースされている「Stray Dog Town」で、勿論そちらも凄く好きなのですが(1曲目から2曲目への流れが、死ぬほどカッコいい)
バンドに影響を与えているという点ではこっちになるかと思います。
叫んでいるけど輪郭のあるメロディや、興奮のあまり「ぎぃぇゃぉー!」と叫ばざるを得ないタイミングでやって来るシンガロングパート、何よりも「Starin` at the walls」を聴けば分かる通り、ギターリフの全てが最高で何度も鳥肌を立たせてしまってましたが、当時僕はKFCでバイトしていたので、鳥肌をそのまま揚げて客に出していました。
Recess経由でベントを知り(Recessの無料配布のサンプルに入ってた事から)、そこからRADONやBilly Reese Peters、Dan Padilla等のNO IDEA、ADD周辺のバンドを漁っていました。

Jesse/Jesse
橋:LEATHERFACEのフランキーがPOPE解散後にやっていたバンド。(多分)
こちらは、7インチの曲も収録している唯一のアルバムになると思います。(多分)
学生時分、LEATHERFACEには多大な影響を与えられていますし、バンドとしてはJesseよりLEATHERFACEの方が断然思い入れがある訳ですが、「フランキーの作品」という枠で考えると正直このアルバムが僕的には一番聴き安くて好きかもしれません。
「HANDFUL OF EARTH」を何度もパクってはボツになり、一度もちゃんとした曲になったことはありませんでした。

MEGA CITY FOUR/Shattered
橋:メロディックバンドの評価の中で、引き合いに出されやすいメガス。
多くの人が「神だ、天使だ」と崇めるメガス。
僕も愛して止まなく、停学覚悟で鼻にピアスを開ける一歩手前でした。
あと、wizが着ていた「Y」というダサいワッペンが胸に貼ってあるジャケットを古着屋で探していました。
我々の音楽の中にメガスの影響というのは正直あまり感じ取る事は出来ないかとは思いますが、僕がメロディックパンクを飛び火して色々聴く様になったきっかけでもあるバンドだし、僕自身も影響は凄く受けていて、僕も音楽を聴く時には、メガスを引き合いに出して考えてしまう事が多々あります。
アルバムとしては「SEBASTOPOL RD」が一番なのですが、(高校生の頃、修学旅行前日に近所のGEOでジャケ無しの物を280円で買い、修学旅行当日誰にも相手にされず、一人で聴き続けていた思い出もある)初めて聴いたのがこの曲で、当時my spaceにアルバム未収録曲がいくつか上がっていて、超名曲「Things Go Wrong」もその中の一つなのですが、「Shattered」を初めて聴いた時の衝撃が今でも忘れられないので、曲単位で上げさせて頂きました。

SPRAY PAINT/STILL EMPTY ME AND STILL MOVING CITY
橋:多分、メガスと同じレベルで、このバンドが存在していなければ今の様なバンドはやっていなかっただろうなと思います。
1年に一回ギターの耳コピに挑戦しては、出来なくて断念しています。

Doughboys/Home Again
橋:当時通っていた専門学校のすぐ近くに「ドリカム」という昭和歌謡やROCK/POPSみたいなレコードを取り扱っている普通のおじさんとおばさんがやってるレコード屋があって、その店に何故かこのアルバムとBlankの7インチやアルバム、Big Drill Car等の「絶対誰か身近な先輩が売ったやつだ」的な音源がいくつかあって、歓喜していました。全く整合性の取れてないレコード屋で買った、超整合性の取れているアルバム。
しばらくはこれしか聴いていなかったと思いますし、聴いてた時期が丁度2nd demoのレコーディングの時期でエンジニアの人に「Doughboysみたいにして下さい!」って言ったのを覚えています。
ちなみに、「Crush」に収録されている「Shine」と「Fix Me」はWizも作曲に関わってるらしいですね。当時は「めっちゃメガスじゃん!サイコー!」と思って聴いてたんですけど、何とも言えない気持ちになりました。

Challenger/Give The People What They Want In Lethal Doses
橋:Milemarkerのメンバーのサイドプロジェクトで、Milemarker休止時(多分)にJADE TREEからリリースされたアルバム。
正直僕、milemarkerは全く興味ないんですけど、このバンドに関しては耳につくウザいリフと天才的過ぎる展開に衝撃を受けました。専門卒の僕の頭脳じゃこんな曲作れる気がしません。
小さい時からもっと算数ドリルを沢山解いておけば良かった。

PLUG/RESOUND
橋:90年代に札幌で活動していたPLUG。
僕は平成生まれだし高校までは釧路に住んでいたから、このバンドが当時札幌でどういう扱われ方をしていたのかは全く知らないのですが、札幌にもI EXCUSEやINTERNATIONAL JET SETの様な素晴らしいメロディックパンクパンドがいたんだなぁ。と思いました。
勿論本人達はメロディックという意識でやっていた訳では無いと思いますが、
超展開から繰り出されるグッドメロディーや、同じ札幌という地でやっていた。という事もあり、一つの目標みたいな感じになっています。ちなみに、これに収録されている「Rain」という曲が超大名曲です。


以上が、over head kick girl橋本くんのルーツとなったレコード達である。勿論彼の音楽への興味は尽きる事がなく、このリストには膨大な続きがある。どうかライブハウスで、本人の口から聞いていただきたい。
最後に、over head kick girlを歴史の闇に埋めなかった勇敢なる好事家たちの証言をもって結びとしたい。僕の能書きだらけの駄文より、彼らの証言こそがover head kick girlの魅力を最大限に捉えている事だろう。一人目はover head kick girl最良の支持者、ハナマツトシヤくんだ。

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おはようございますこんにちはこんばんは。トシヤと申します。
お前誰だよ、って?札幌在住のお客さんです。たまーに企画もやります。
そんな野郎がでしゃばってこんなところでover head kick girlについて書かせていただけるということで、少しだけお付き合いください。
こういうの書くの初めてで、文才もないしつまんないでしょうけど。
仕事で函館から札幌へ出てきていた僕はパンクと出逢い、ライブハウスへ行くようになっていた。でも友達もいなくて、馴れ合いをしているお客さんに嫌悪感を抱いていた。要はひねくれ者だった。だからライブハウスに行っても常にボッチだった。誰とも目を合わさず、1人で酔って、1人でライブを楽しんで、1人で帰ってた。
ライブハウスに通いはじめて2年くらいだろうか、over head kick girlというバンドに出会った。初めて観たのはまだはっしーが高校生の時。ohkg釧路時代。
この時は正直まだあんまり彼らに興味を持ってなかった。というかちゃんとライブを観れてなかった。
その翌年、はっしーが札幌へ出てきた。するとohkgは四人になってた。
衝撃だった。あぁ、オレこういう音楽が好きなんだ、って思わされたのを覚えている。ほどなくして、はっしーが初めて声をかけてくれた。「よかったら聴いてください。」と、スタジオ一発録りのデモをくれた。まだほとんど知り合いもいなく、人見知りな僕は「ありがとうございます。」と言って貰った。粗い音のそのCD-Rを、僕は擦り切れるほど聴いた。
それからohkgがライブをやる、となったら出来る限り行った。仕事柄、毎度は行けなかったけど、出来る限り行った。はっしーは人見知りの僕にいつも声をかけてくれ、メンバーも紹介してくれた。当時、ドラムのケースケは既に挨拶は交わすほどの面識であったけど、カズキとしょうちゃんは全然。
おそらくこの時点で、メンバー全員と面識を持ったバンドはohkgだけでした。僕を舐めてもらっては困る。生粋の人見知りだから。
気付けば、はっしーとは個人的にも遊ぶようになった。本当に友達らしい友達をライブハウス周りで持ったのははっしーが初めてだ。
その後、僕は長期出張で半年ほど札幌を離れ、茨城へ。
その間にヤツラは解散した。突然。勝手に。
絶望した。なんで僕がいない間に勝手にやめてんだよ、と。翌年の話もしてたじゃねーかよ、と。
悔しかった。僕は一番のファンである自信があったから。でもまともに連絡も出来ず、そのままohkgは消えていった。翌年、はっしーは東京へ移住した。
2012年春。東京に遊びに行って、はっしーと会った。突然耳打ちしてきた。「秋にohkgやれそうっす。」
2012年秋。そして彼らは復活した。僕と同い年のJUNNくん企画。
当然札幌に戻っていた僕だったが、仕事でいけなかった。また悔しい思いをさせられた。
後日、映像で観たohkgのライブは凄かった。何度も観た。Pigstyがあんなになってるのは、僕は観たことがない。愛されているバンドだったのだ。僕だけじゃない、みんなが待っていたんだ。
でもそこに僕はいない。悔しい。
その翌月、待ちに待ったMATSURI。秋葉原で僕はohkgを観た。初めてライブというものを観て泣いた。ライブには数百回行ってるだろうけど、初めて。
そしてまたohkgは眠った。
その約1年後、僕は友人二人と共同で、初めての企画をやることになった。
僕は真っ先にohkgの名前を浮かべた。でも悩んだ。そもそもやる気はあるのか、1年前に復活してやって、またひょこっと復活して。いらんことばかり考えてしまっていたが結論は簡単だった。僕がohkgを観たいから出て貰いたい、だ。
正直に言うと、当日の彼らのライブはめちゃくちゃだった。けど、彼らの愛を感じた。そして周りの愛も感じた。
そして彼らはまた、ゆっくりと活動を再開した。
2014年の年末、レコーディングをすると聞いた。音源を出す、と。しかもKilikilivillaだ。
陰に埋もれていたohkgがついに陽の光を浴びることとなる。僕は単純に嬉しかった。やっと僕の大好きなバンドが世に認知される日がきたのだ、と。
そして先日、久々に彼らのライブを観に行った。KiliKiliVilla企画。楽しみ過ぎた僕は、記憶がほぼない。飲み過ぎて初めて記憶を飛ばしたのだ。
後日聞くと、ずっとダイブしてたと。よっぽど楽しみだったんだな、自分。その場にいたみなさん、ごめんなさい。僕は楽しんでいたみたいです。
でも悔しいよ。覚えてないんだもん。
現在5/31。まもなく彼らの音源が世に出る。
まだ僕は聴いていない。でも確信してる。最高の名盤だ。
次に観れるのは7/4札幌Pigstyレコ発。
あれ?僕の誕生日じゃないか。たまたまだけどブチアガったぜ。三十路突入アニバーサリーバースデイ、自分そっちのけでお祝いしてやるよ。でも記憶をなくさないことにだけは気をつけて、楽しもうと思います。

なーんて何書けばいいかわかんなくて、ただのオバヘと私、みたいな固い文章になっちゃいましたけどね。要はあんたら誰にも負けないくらいアイツらが好きで、誰よりも音源を楽しみに待ってる、ってことですよ。
普段からメンバー各々と遊ぶくらい仲良いのってたぶん未だにオバヘだけだし。でもそんなのはたまたまで関係ないんですよ。僕がover head kick girlの一番のファンですからね。
最後に、オバヘの四人へ。
また勝手に解散とかしたら許さないから!!!
ファン代表より。
ハナマツトシヤ


2011年2月、自分が初めてライブというものをした次の週だったと思うんですが、白浜君とELLCUBE近くにあった満龍(チャーシューめっちゃ冷たい)でラーメンを食べて、近くのミスドでハニーチュロ食べながらLatterman再発の話とかをしていたら、「もう解散しちゃったんだけどover head kick girlってバンドが札幌にいてさー加藤絶対好きだと思うよ!」ってタバコのカートンケースで作ったCDのケースなんて初めて見たので興味津々で話を聞いて、というのが僕とover head kick girlとの出会いです。その時はmyspaceでover head kick girlを再生し、パソコンのスピーカーにiPhoneのマイクを近づけ録音するという狂気じみた行動を自分が取るなんて思ってもいませんでした。
というようにover head kick girlはきっと誰かにとっての特別なバンドなんだなと思います。僕にとっても勿論特別なバンドなのですが、over head kick girlがブイブイ活動してた頃を知っていたり、リアルタイムでライブを観れて影響を受けた人にとっての特別さは計り知れないなと思います。そしてそんなバンドが時を超えて復活を果たし、音源がボイスメモからではなく、ラジカセで聴けて、ライブも観れるなんてマジたまんねーなーと思います。

P.S PIGSTYでオーバーヘッドが復活ライブをしてて、ハッシーさんと初めて二人で一緒にタバコ買いに行く途中急に、「加藤君、君は醜男だなあ。」って言われたのが未だにどういう意味だったのかわからず、端正な顔立ちをした先輩に普通に顔の作りを批判されたと思っているのですが、真意は神のみぞ知るというやつです。
加藤(NOT WONK)


小学一年生のころ、同じ地区のいばりん坊にポケモンカードと買ったばかりのゲームボーイのカセットを盗まれた。
学校休んだ子の家に、届け物を一緒に届けに行った時に盗られた。
今かんがえると、ほんとにひでーよなーって思いつつも、笑えるからまあ良いかなーって思う。
一緒に遊んでボケモンカードをやると、かつての自分の主力が相手の手札から出てくる度になんだかなーって子供ながらに思った。
そういうことばかりの人生って訳ではないけど、比率的にそういうことが多めに起きてる気はする。高校時代野球部に金玉殴られたのは今でも根に持っている。
多分こういう根に持ち、こんにゃろうめー!!って精神が自分やハッシーさんや白浜には人より強くある気がする。
順位的には1位白浜2位ハッシーさん3位自分だと思うけど。
この3人で飲んだ時はお互いにお互いの揚げ足の取り合いになるだけで、本当に開催するだけ無駄な時間を過ごしたなーって気分になることもある。無駄な時間を積み重ね過ぎて、ほとんど何も思い出せないくらいだ。
やっとハッシーさんの新しい音源を聴ける。バンドをやっていて大きく嫉妬することがあるのは、この二人に対してくらいだ。
だから二人のバンドの音源を聴くのは、ほんとうに楽しみ。全然知らない奴が彼らのことをすげー!!って絶賛するたびに、俺のがあいつらのこと知ってるから!!っていつまでも思っていたいなーって今は思う。
川田(CAR10)


私がover head kick girlに出会ったのは高校生の時でした。           
厳しかった部活を途中で辞めて、何をしたら好いかもよくわからずにフラフラしていた時期でした。 
衝撃的でした。
音楽について無知だった自分にとって、あの音はあまりにも新しくて、刺激的で、あの時私はover head kick girlに心を全て持っていかれてしまったかのように思います。
2010年秋、カウンターアクション横のサンクスの前で録り終わったばかりのWantを聴かせてもらったあの時に、かずたそが壁にもたれてしゃがみ込んで「俺たちもうダメかもしれない」と言ってたこと。
それから数日経って161倉庫でのライブが終わり、その直後に突然解散してしまったこと。
2012年、MATSURIでの復活、over head kick girlを待ちわびていた人達で溢れていたあの秋葉原スタジオリボレの熱気、涙、あの光景のこと。
全部覚えています。
  over head kick girlは、すごく近いようで、とても遠い、同じ地に立っているようで、雲の上の、憧れの4人です。
彼等に憧れ続けて、追いかけても追いかけても追い付けないし、ましてや追い越すこともできませんでした。
この時代に生まれて「あのバンドの全盛期だったあの時代に、あの曲が出来たこの時期に生まれたらどんなに良かったことか」 と嫌になるくらい何度も思ってきました。
しかし唯一、心から、over head kick girlの存在するこの時に生まれて本当に良かったと感じます。
そして今後また、大好きな彼等のライブ、新曲、進化する姿をこの目で見られることが本当に幸せです。

札幌ラブメッセンジャーズ!
はっしー、しょーちゃん、かずたそ、ケスケさん
「over head kick girl wants to kill you」
発売おめでとう!
秋栃 美沙(THE SLEEPING AIDES & RAZORBLADES)

 

over head kick girlは僕にとってのヒーローです。
ヒーローというものは、僕にとっては、というより僕が思うのは永遠の憧れであり、永遠に手の届かない高さの位置にいるものだと思い、と言いつつも親近感が湧くものなんだと思います。
ボーカルのはっしーさんは僕にとっては高校時代からヒーローでした。まだ会ったことないときはCDの中での存在だし、神格化的な物が勝手に進んでいました。
初めて会った時は自分が当時やっていたバンドで初札幌ライブをしたときなのですが(厳密にはもっと前に軽く一回会ってるんですがそれは無かったことにした方が話が上手く進むのでそうします)、知り合いが全くいなかった当時の自分にはっしーさんがずっと付き合って色んな話をしてくれた記憶が未だにあります。
何も自分は間違えなかったんだと。自分がデッドゾーンのラストシーンでのクリストファーウォーケンを演じて、そのシーンを自分自身が第三者目線で見てるような感覚というか。
ぼくがメガシティフォー好きだったのが理由で、はっしーさんもメガシティフォーが好きだから、ずっとそんな話ばっかして、未発表の音源とか聴かせてくれたのとか、今思えばああいうのがあったから自分も未だに譲らずメガシティフォー好きなのかなーと思います。
あと、山ほど映画を教えてくれたのとかも覚えてて、あれがあったから未だに自分は映画が、石井聰互が好きなんだと思います。今でもお互いが観た映画の感想を言い合ったり、知らないものを教えてくれたり、ずっとこういうのが理想だったんだ!って思っていました。
今でもそんな関係が変わらず続いてるのってサイコーだと思います個人的な思い込みじゃなければ良いけども笑
オーバーヘッドの音楽に対する愛は言葉じゃなかなか簡単に言い表せれられないので、あれなのですが、メガシティフォーよりも普通にカッコいいから僕は好きです。
なんというか、本当に支離滅裂で上手く言えないんですが、、兎にも角にも、はっしーさんは僕のヒーローで兄のような存在なので、また音源が出るってなると、もうそれだけで毎日が楽しくてしょうがないです。
白浜(THE SLEEPING AIDES AND RAZORBLADES)

over head kick girlとの出会いは6年前?だったかな?北海道へMODERN GOODDAYSやFREE KICKを観に行った時にハッシーが『僕over head kick girlてバンドやってるんすよ!』て言って1stデモを渡してくれたのが出会いでした。
当時はまだ企画をやり始めたばかりだった自分の企画名を知っていたり、各メンバーの好きなバンドがマニアック過ぎて驚いたのと、チャラい感じの若い子(ハッシーは派手な服装、カズキは頭が緑)ってイメージ、初めてライブを観たのは東京に来た渋谷乙、池袋マンホールで衝撃と同時にほんとに19歳かよ!?音源より全然ライブバンドで凄くかっこいいじゃん!て素直に思って、その日から一気に好きになったのを覚えてます。
その時に初めてライブ観たのに気づいたら最後の曲でヤブ君(SEVENTEEN AGAiN)とダイブしてた記憶があります。
北海道にも数回観に行ったりして、2010年10月に北海道の161倉庫にover head kick girlを観に行った時の次の日に突然の解散発表しててビックリしたのと悔しくなってる(まだ観たかった)自分がいて、数年経ってMATSURI開催するのを決めた時に、あの時の悔しさが凄くあったので1回目のMATSURIにはなんとしてもやってほしくてメンバー全員に1人1人に電話してお願いして、全員がOKしてくれた時は嬉しくて泣きましたね。
ライブの時も泣いてましたけど…。
気づいたら付き合いが経っている分中々うまく言いたい事がまとめられないんですが、ほんと衝撃的でかっこいいバンドなんすよね。
よく『あの頃は』良かったて言うけれど、過去には過去の良いバンドがいるように、今は今で、時代には時代の良いバンドが常にいると思った瞬間でもあり、日本の若手シーンてやっぱり面白いなと、きっかけを作ってくれたバンドの一つがover head kick girlです。
ハッシーから「レコード出してください」と言われたりもしてたけど、レーベルなんてやるつもりもなかったんで、こうやって数年経ってまさかkilikilivillaからover head kick girlの音源が、世に出回る時が来た!と思ったら素直に嬉しいです。
あの頃の青春と今の青春が沢山詰まった最高な音源(アルバム)が完成したね!
ハッシー、カズキ、ケースケ、ショウチャンほんとにおめでとう!
over head kick girlは永遠に青春で大好きです。

HiRO(break a school)

大体において16、17才の青年というのは裸同然で転がっているものである。この多感な時期に我々は裸同然で転がる事によって、その先の人生に起きる様々な苦難や試練に打ちのめされない為のタフネスを体に刻みつけているのかもしれない。つまり、この極めて限られた時期に裸同然で転がり続けた者のみだけが得られるそれが有るはずなのだ。
だから我々はそうしなくてはならないし、その先も延々と転がり続けなくてはならないのであるのであるのだな、、、。
っと初めて札幌でライブをした幾年前の真冬の午前2時、酩酊しながら謎の青春パンク論をストーブの前で暖を取りつつ1人唱えていると、聞き取れない何かを叫びながら彼は突然現れた。
ちょうど上記論述の様な16、17才の青年だった。ただ、彼は超裸だった。
裸同然ではなく裸一貫、極寒の地の真冬の男子便所を一人転げ回っていた。
彼は今日の企画に出ていた、まだ高校1年生にも関わらずBANANASかGRUMPIESだかのカバーをしてた様な、もしくはその様な曲を演奏してたOVER HEAD KICK GIRLのボーカルの彼だった。
その後私は、裸同然の青年と裸一貫の青年の相違点を幾つか考え、彼と私の人生がこの先特別に交わる事はきっとないだろうと思い札幌を発った。
そんな憶測とは関係無しに、我々は当然だったかの様に気がついた時には既にまた何処かで出会っていた。
それから僅かな時間が経った渋谷のライブハウス。たぶん橋本君の事を思い出せる限りに思い出し続けるだろう、今もそのライブは鮮明に覚えている。
首元をビリビリに引き裂いたJawbreakerのTシャツを着た彼の目は明らかにあの時とは全く異なり、研ぎ澄まされた輝きの様な怨念の様な、異様な異彩を放っていた。
最後の曲で私は誰も受け止めてくれないフロアーへ1人ダイブした。
凄まじい変化だった。何が凄まじく変わっていたのかを挙げれば切りが無い程のバンドの躍進であった。
誰の目にも見ても解る大きな変化を敢えて一つだけ挙げるなら、彼が服を着ていた事だった。
だけどその服も今にして思えば、何処かを転がり回ったかの様にズタボロだった様な気もする。
それからまた幾らかの時間がたった今、私と彼は我々が暮らす町で何かを探し求め二人彷徨っていた。
それは彼が求めているまだ絡まった新しい展望を紐解く為の道程の様でもあり、ただひたすらに旨いとんかつ屋を探し求めるただの友人との、ただ何と無く過ぎて行く時間の様でもあった。北海道の裸一貫の青年と私は気がつけば、ただの時間を共有するただの2人になっていた。
やはり人生は捨てたもんじゃない。
誰もが輝きを放ち続けたいと求め続ける限り、誰もがそれを放ち続ける事は願う限り可能であると思う。
しかし人が人々に成り、人々でありながら輝きを放ち続けられる時間は誰にも図れない。
して輝きを放てなかった時間は、暗くて誰の目にも映らなかった分だけ、次に輝きを放つ時、強く光る。
今回発売されたこの音源が、彼等の放つこれからの序章となることを切に願っております。

ヤブソン(SEVENTEEN AGAiN)

大人になる上で誰もが持つ感情をあるがままに叫んだ第一次OHKG。今作の新録曲で感じる第二次OHKGは、大人という通行手形を手に入れて歩き始めた社会で感じる葛藤や矛盾に対する感情をこれでもかと吐き出している。周りのクソみたいな大人達への怒り、自らの評価と周辺の評価の差異、思い通りにならないことへの歯痒さ、自分だけが悲劇のど真ん中に位置し、自分が居なくなったらここは終わるぜという間違った意識。あれだけなりたかった大人なのに、今は大人であることに反発している。この音源を聴き、OHKGは順調に大人の階段を登っているなと感じた。嬉しく、微笑ましく感じた。もはや親戚のおじさん状態である。まだまだ音楽的にも、人間的にも成長していく段階である。その途中過程でここまでのものを作り上げたOHKGは本当に素晴らしいし、今後に秘められた可能性を考えると正直ゾクゾクする。
Yuki SP(SP RECORDS)

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over head kick girlのストーリーは続く!