Anorak citylights

レコードを買ってから開けるまでのドキドキとか、自転車のペダルを加速させる歌や夏の夜中のコンビニで流れる有線など些細な日常とくっついて離れない音楽についての駄文集 twitter ID→ takucity4

あの娘、Killerpass『まわりたくなんかない』を聴いたらどんな顔するだろう

f:id:ongakushitz:20150923000517j:plain
私はハヤシック君と話をした事がない。ライブハウスで目をギロギロさせていたり、物販前でオロオロしていたり、ステージでベースを弾きながら低空ジャンプを決めている場面は何度も目撃しているが、会話らしい会話は一度もした事がないのだ。しかし私にはハヤシック君がどんな奴で、どんな事を考えていて、どんな事に怒っているかが分かる。それは、このKillerpass『まわりたくなんかない』を毎日聴いているからだ。
このアルバムのリリックからは等身大のハヤシックという人間が見えてくる。それはパンクバンドのアルバムとして重要な事だ。ひとりの青年の徒然なる思いがパンクサウンドの上で飛び回る。実に痛快であり本質的だ。
特に私が心を奪われたのは『レイシズム』である。KiliKiliVillaのコンピレーションアルバムやTHE ACT WE ACTのスプリット盤にも収録された楽曲であるが、まさしくKillerpassを代表する名曲だろう。ドカドカ暴れまくる引っ越しおばさんの布団叩き的怒濤のドラミング、謎のエフェクトでフニャフニャに萎びたイカの一夜干し味のギター、ゴロゴロ喉を鳴らす野良猫ベースに部活帰りの中坊化したFAST FOODみたいなボーカル。レイシズムに対する感情を希望と諦め、相反する感情を込めて綴った最高のリリック、ストレートなポップメロディ。一聴して彼らと分かる、強烈に記名性のあるパンクロック。
彼はきっとひねくれていて、人見知りで、不器用だ。しかしながら強い気持ちと確かな審美眼を持ち合わせてる青年だろう。そんな彼の思いを増幅し撒き散らかすKillerpassサウンド、そのカラクリに迫りたい。
そもそもポップパンクというカテゴリーから彼らは始まった。
誤解を恐れずに申し上げるならば、ポップパンクとは様式美の音楽であるように思う。いかにフォーマットを忠実に再現するか、いかに様式美のクオリティを高めることができるか、いかにポップパンクとしてのポイントを抑えつつオリジナリティを発現するか。鉄板のフレーズ、カウント、メロディ、コーラス。私も大好きなフォーマットであることを断っておく。
音楽にとって「更新する」という行為はその面白味のひとつだ。どんなやり方だっていい。既存のフォーマットをナナメから見てみたり、新しい価値観や考え方を持ち込んでみたり、異ジャンルの要素や特徴を配合してみたり、ミックスや音響を著しくいじってみたり。やり方は様々だが、時代毎にそうした新しい何かを見つけ出したり、または繋げる事によって音楽は進化してきた側面がある。それが天然であろうが計算であろうが関係ない。例えばFruityが他のスカパンクバンドとは全くベクトルの異なる支持を受け続けているのもそういう事であるし、Going steadyやliteratureにも言えることだ。
ポップパンクはその様式美の素晴らしさゆえに、しばらくそうした配合が実現されてこなかったように感じる。現存する手札だけでポップパンクは最高なのだ。ところが、Killerpassである。彼らが愛するポップパンクに持ち込んだものは従来のそれにはない異質のものであった。メロディメイクこそユーロポップパンクのそれに近いが、ギターには謎のエフェクトが施され、ドラムは凶暴なD-BEATを叩きこみ、極めつけはまるでブルーハーツのようにストレートかつ剥き出しの日本語によるリリック。それが天然なのか計算なのか、バランスがよく分からないところもいい。この感覚はレーベルメイトであるCAR10にも共通するものがあると感じている。
Killerpassのファーストアルバム『まわりたくなんかない』はそんな新しいポップパンクが全開になった1枚だ。前単独作『Fun Herbivorous!ep』で設計されたサウンドスタイルを突き詰め、磨きあげ、こじらせた決定盤である。
ポップパンクのメロディに英語以外の言語が乗った時の楽しさもきっちり日本語でアップデートしている。全編を一緒に歌えて、踊れて、酒が進む。ポップパンクの機能性もしっかりキープしながらネクストレベルを作り上げた。
それは泥沼ポップパンカーからブルーハーツへの回答でもあるし、StikkyとQueersとroyal headacheとGoing steadyが様々な垣根を余裕で超えパーティを始めたようであるし、3人の青年の内緒の日記のようでもある。
私は名古屋という場所に行った事はないが、Killerpassのようなバンドが沢山の仲間に囲まれて活動ができる事実というだけで、素晴らしい場所である事を確信している。きっと彼らは近い将来、華麗なロングシュートを決めまくってライブハウスにいるあの娘の顔を笑顔にするに違いない。それがオウンゴールではないことを祈りながら。