Anorak citylights

レコードを買ってから開けるまでのドキドキとか、自転車のペダルを加速させる歌や夏の夜中のコンビニで流れる有線など些細な日常とくっついて離れない音楽についての駄文集 twitter ID→ takucity4

RISE OF GOMES THE HITMAN-ニューアルバム「memori」に寄せて-

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【あの頃ゴメスザヒットマンと】

大人になって随分になる。
いつの間にか34回目の誕生日を迎え、いつの間にか私の隣には妻と3人の子供たちがいる。これは幻やオカルトの類いではなく、朝が来る度に隣から聞こえる小さな寝息が私を大人に変身させるという事実の説明である。なんてことだ。
夢遊病のような姿で歯を磨きスーツに着替え左ポケットに突っ込まれたSUICAを確認する。心の準備はとりあえず後にして、私は満員電車に突入する-
銀杏BOYZの最前列並みの人口密度、かろうじて動く右手の先でイヤホンを探す。雑草の根っ子みたいになったそれを何とか耳に突っ込み、おじさんの背中で操作するi-pod。頭文字Gまであと少し。流れ出したイントロより少し遅れて私は目をつむり、つかの間の時間旅行を敢行する-


遡ること13年前、2006年。青年は20歳。東京での学生生活も板につき、 講義をサボってテレビを見たりレコードを探したり、友達のバイクでラーメンを食べに出かけたり。憧れていた大学生活そのものではないけれど、これはこれで悪くはない。本当はオレンジデイズみたいなやつ、想像してたりして。代わり映えない毎日。
学生生活には膨大な時間と退屈が存在する。とにかく暇だ。極端な話、平日も休日もそんなに変わらない。人生の夏休みと比喩されるだけある。青年はそれらを甘んじて享受していた。足しげく通った高円寺や下北沢のレコード屋で手に入れたハードコアパンクの12インチを眺めては朝方まで聴き込んだり、深夜テレビを横目に好きな子へのメールを返してみたり、なんてことない時間を回転寿司の皿みたいに積み上げる日々。こんなものだろう。
ある夏の日のこと。いつものように深夜テレビを眺めながらポテトチップスを食べている何気ない瞬間、青年は運命の出会いを果たす事になる。ここで本稿の主題であるGOMES THE HITMANの登場らしい。
当時ジャックスカードのCMには彼らの名曲「手と手、影と影」が使用されており、Bメロ~コーラスの1番美味しいパートが約30秒流れていた。映像にはいくつかのパターンがあり、僕が見たものは若者たちが気球に乗り込む映像だったはずだ。他にも、親子が海へ行く(つもりじゃなかった?)バージョンがあった気がする。郷愁を掻き立てる映像世界と、気球が浮かぶ青空の向こう側で美しく飛翔するメロディ。画面の隅で窮屈そうに鎮座する'♪GOMES THE HITMAN'のテロップ。なんて素晴らしい曲だろうか。そして、なんて風変わりなバンド名だろうか。明日、CD屋に行こう。七畳半の部屋に放たれる決意。
「手と手、影と影」は目下の最新作である「Ripple」に収録されているらしい。タワーレコード新宿店で手にしたそれのジャケットには、猫の被り物をした青年が佇んでいる。これが何を意味しているかはわからない。2500円という価格にたじろぎながらも、「手と手、影と影」はここでしか聴けない。ベスト盤の類いもリリースされていない。
少しの葛藤を経て「Ripple」を手に入れた青年は小田急線に乗り、祖師ヶ谷大蔵の自宅アパートを目指す。袋の中でCDがガサガサ動いている気がする。猫の被り物したアイツが今にも袋から飛び出すかもしれない。握る手に汗をかく。新宿から祖師ヶ谷大蔵までは約20分。もう少しで、ジャックスカードのあの歌が私の部屋にくるのだな。あれ以外に8曲入っているが、全然良くなかったらどうしよう。itunesに取り込んですぐに売ってしまおうか。そもそも1曲しか知らないバンドのアルバムに2500円も出すなんてどうかしている。ゲームセンターのアルバイト、辞めなきゃ良かったかもな。頭の中を猫被ったアイツがぐるぐるまわる。気が付くと目の前に見慣れた部屋のドアがあった。
中学生の時から使っているCDコンポ。最近はレコードばかり聴いてるせいでコンポの上に少し埃が被っている。青年は「Ripple」の封を切り、ケースに指紋を付けないよう指の先で蓋を開ける。収められたディスクをやはり指の先でつかみ、冬眠から覚めたばかりのコンポに挿入する。あと数秒で音楽が部屋を支配するはずだ。
1曲目「東京午前3時」の導入は驚くほど穏やかだった。ハードコアパンクばかり愛聴していた青年の耳には少し退屈に聴こえるが、それはそれで問題である。青年は目を瞑る。真夏の夜の世田谷。街頭の灯りに照らされた街には物音ひとつしない。夜の静寂を確かめるようにボーカルが入る、''ほの暗い街の灯よ 言葉が浮かぶのを ここでずっと待っているよ''
歌声は繊細で、少年の話し声のような幼さと、清濁混じった老成と。それらが両立する矛盾さえも受け入れるポップミュージックの深い森。メロディがその入り口に立つ。
青年はスピーカーの前から動けず、食い入るように窓の外を見る。青年の目前に広がる世田谷の夜景と、「東京午前3時」の世界観が張り付き符合する。このアルバムが大切なものになるという確信が部屋をゆっくり満たす。
「ドライブ」「手と手、影と影」「星に輪ゴムを」曲が進む度、青年は打ちひしがれていた。ミニマムなバンドアンサンブル、ふくよかだがどこか歪な録音、日常を美しく描写する詞、全てを引き受ける山田氏の歌声とメロディ。
このアルバムは私のためのアルバムであると。明日から世界の見え方が少し変わるかもしれないと。ポップソングの凄味とはこういうものなのだと。
確信は現実のものになり、イヤホンからは毎日山田氏の歌が漏れ、青年は自分の人生を尊いものかもしれないと思えるようになる。GOMES THE HITMANの音源は全て探し出し、そのどれもが青年の毎日を少しだけ豊かなものにした。時には人生の師のように、時には旧来の親友のように、悲しい時も嬉しい時も彼らの音楽が傍らにあった。5年後も10年後も、ずっと聴き続けていたい。
心残りはひとつだけ、それはバンドが活動を停止していることだけ。詳しい事情は分からない、でもライブを観ることは叶わなかった。いつかニューアルバムも聴けたらいいな-


【ゴメスと俺、その後】

加速する満員電車は労働者たちを都心へと運ぶ。皆が一様に下を向き、周囲に気を張りながら目的地の到来を待つ。私は通勤中か就寝前ぐらいしか音楽を聴く時間がない。親指で操作するiPodは電池残量に不安を残すものの、何とか私のために歌をうたってくれている。彼の液晶には「GOMES THE HITMAN/memori」の文字。総再生回数はまだ1回。
信じられない事に、GOMES THE HITMANはニューアルバムをリリースしたのだ。正確には数年前から山田氏よりニューアルバムへの意欲が口にされていたし、2014年の復活以降におけるバンドの充実具合を考えれば有り得ない話ではなかった。
2018年にはバンドで録音中であることが伝えられ、過去のライブ等で限定数配布・販売されていたレアトラックを再録したアルバム「SONG LIMBO」がリリースされた。
復活したバンドのリハビリ作品と形容するにはあまりに瑞々しく、若りし頃に書かれた楽曲の持つ煌めきが、妙齢を重ねたメンバーの円熟を伴うアンサンブルによって鳴らされるという歪さがある種のマジックを起こしたと言っていいアルバムだと思う。ナンバリングが付かない作品である事を惜しむくらい充実した作品だ。アルバム前半の放つ疾走感および全能感は特に白眉であり、まるで青春映画の導入部が何度も繰り返されるようだ。
平行して展開された「SONG LIMBO REMIX」にも言及しておきたい。バンド初のリミックスアルバムである。しかもそれがアルバムツアーで発売されるというから驚いた。とてつもないスピード感である。サブスク全盛期である昨今、USのヒップホップアクト等でこういった現象は見られるが、まさかそれをゴメスがやるなんて。内容も言わずもがな、ベース須藤氏による洗練と実験をペーストし2018年のスペシャルスパイスをふりかけ遊び心で仕上げた珠玉のアルバムである。堀越氏の歌唱曲を含んだ新曲も2曲入っているし、なんと2003年のボーカルテイクを使ったリミックスも入っている。2018年のゴメスの演奏をバックに2003年の山田氏が歌う。須藤氏なりの未来から過去への手紙、さながら逆タイムカプセルである。
そんな復活作とそのリミックス盤を経て、満を持し登場したGOMES THE HITMAN 6thアルバム「memori」である。レーベルはUNIVERSAL、メジャーからのリリースだ。
本作が彼らの最高傑作となる予感はあった。山田氏のブログやSNSを通して伝えられるレコーディングの好調ぶり、先行シングル「Baby Driver ep」のクオリティ、「新しい青の時代」を経た山田氏が本作に課した高いハードル。
山田氏の口からは本作のコンセプトとして「ネオアコ」「ギターポップ」というワードが飛び出していたが、それぞれの意味はさておき、それは「フレッシュなポップミュージックを作る」という意思表明であったのだろう。そして、それは高い水準でもって見事に達成されている。どうか聴いてみてほしい。映画でも文学でもない、音楽でしかあり得ない最高の感情体験が待っている。
そんなニューアルバム「memori」について私なりに解説していこうと思う。
アルバムの導入部には山下達郎ばりの多重アカペラ「metro vox prelude」が配され、緩やかなスピード感でもってスタートする。
2曲目「Baby Driver」は名曲「雨の夜と月の光」を彷彿とさせる、グルーヴィーなギターのカッティングとスウィングする鍵盤の調べが曲をリードするキラーチューンだ。曲の後半ではギターポップの代名詞パパパコーラスも飛び出し、凄まじい多幸感が私たちの憂鬱を吹き飛ばす。バリ島での奇妙なドライブが描かれた詞も曲の疾走感を後押しするのだ。
3曲目「毎日のポートフォリオ」は2010年頃の山田氏のライブで披露されていた事を思い出す。弾き語り時の印象と大きく変わり、どっしりと構えた8ビートが心地いい。
4曲目「魔法があれば」はリヴァーブの効いたイントロが現行のドリームポップのように響くギターポップチューン。「許しあえる魔法」「通じあえる魔法」という言葉が印象的に響く、君と私の絶妙な距離感を描いた名曲。個人的に本作で1番好きな曲。
5曲目「夢の終わりまで」は先行シングルにもバージョン違いで入っていた曲。山田氏のソロ作「pale/みずいろの時代」を彷彿とさせる、水面をただよう青白いミディアムテンポのポップチューンだ。
6曲目「小さなハートブレイク」はコードとメロディが蜜月のように愛し合う、本作を代表する名曲のひとつ。''夢が醒めて 放り出されて 自分の胸の音で眠れなくて'朝を待つ'という内省的なフレーズに胸が痛くなる。だって私はこの感情を知っているし、そんな夜を何度も越えて生きているから。きっとこれからも。
7曲目「memoria」は本作の実質的なタイトル曲であり、ファンの間では古くからお馴染みの曲でもあった。長らく音源化が待たれ続け、山田氏のライブアルバム「DOCUMENT」収録を挟みつつスタジオ録音としては今回が初出。決して派手さはないものの、曲が展開するにつれ重なるコーラスは山田氏も認める今作のハイライト。
8曲目「houston」はVelvet CrushやHormonesも真っ青な柑橘系疾走パワーポップ。前々から「サテライト」のデモバージョンが大好きで、youtubeに挙がっていたものをよく聴いていたのだが、本曲はその最良の進化形であるように思う。どうやら山田氏も近しい意図で本曲を作ったらしい。
9曲目は「ホウセンカ」。これも山田氏のソロライブで聴く事ができた曲だ。GOMES THE HITMANがここまでスムースかつ豊潤な復活作をリリースできた一因として、間違いなく山田氏ソロ行脚があるだろう。バンドが停止した後も彼は止まることなく膨大な曲を書き続け、ライブを通して磨きあげ、ソングライティングの鮮度を高め続けてきた。「ホウセンカ」ではその残像も感じ取る事ができるのだ。
10曲目は「Night And Day」。本作はポジティブなパワーに満ちたアルバムであるが、詞からはやはり「mono」~「ripple」にかけて発露していた内省、喪失、心の深遠も感じることができる。また、最近ゴメスを「シティポップ」の文脈に加え評する傾向にあるが、その是非は置いておいても、サウンド的には本曲が1番所謂シティポップに近いとは思う。
11曲目は「悲しみのかけら」。本作中最もシンプルなアコースティックアレンジをとっているため、山田氏の歌を最も親密に感じる事ができる。本作はバンドのディスコグラフィーの中で最も「バンド」している作品であり、4人の音以外は極力排されているように感じる。それこそバンドのフィジカルが好調であり、自信に満ちている事の証左だ。
12曲目は「ブックエンドのテーマ」。この曲をラストに持ってくるとは、なんて心憎いんだろう。全文載せてしまいたいくらい詞が素晴らしい。懸命に生きていく過程で出会った人、別れた人、もう会えない人。いつかまた会えたらどんなに素晴らしい事だろうか。記憶の片隅で曖昧な顔をしている友人達、みんな元気だろうか。出会った人達を考える事は、自分の人生を慈しむ事とほぼ同義だと思うのだ。軽やかなアーバンソウルサウンドに乗せて、私は私が歩いてきた道を想う。みんなが元気で、そして幸せでありますように。

アルバムをざっと振り返ってみたが、楽曲のバラエティは驚くほど豊かだ。ともすれば散らかってしまいかねない曲群にはっきりとした筋を通す山田氏のメロディと、あくまで4人のアンサンブル。敷き詰められた沢山のセンテンス、通底するのは「軽やかさ」。それはつまり山田氏の意図するギターポップということだろう。ここまで瑞々しい鮮度を保ちつつも背景に豊潤な音楽的語彙を与えるのは、GOMES THE HITMAN以外になし得ない。
2019年の終わり、2020年の始まり。毎日を懸命に生きる市井のポップファン、その全てに本作が行き届く事を心から願う。
そして、遠い記憶の中にいる20歳の青年にも伝えたい。真剣に生きていれば、何とか生き延びていれば、私たちは2019年にGOMES THE HITMANのニューアルバムを聴く事ができるよ。そして、ここからまた沢山の素敵な何かが始まるよと。